白い壁に囲まれた部屋の席に着いた。
周囲には同じように何人もの人がいて、みんな真っすぐに前を見つめている。
ここは学校ではないけど、勉強をする部屋なのだろう。
ずいぶんと前に教卓と大きな黒板が目立っている。
秒針が時を刻む音を聞きながら目を閉じた。
遠くの方から「コツコツ」と歩いてくる音が聞こえ、誰かが机の上に何かを置いていった。
時を刻む音と心臓の鼓動がリンクして今にも破裂しそうだ。
息苦しく、たまらなくなって目を開けると、机の上には問題用紙と解答用紙が置かれていた。
【東大実戦模試】
あぁ、そうだった……今日は東大実戦模試の実施日だった。
「今までの成果が出せるかなぁ……全然できなかったらどうしよう……」
様々な思いが交錯して不安でいっぱいの心に「それでは、始めてください」の一言が突き刺さった。
四の五の考えても仕方がない。
全てを出し切るぞ!
「ふーっ」と、一つ息を吐き、問題用紙をめくると、すぐさまシャーペンを持つ右手を一心不乱に動かしていった。
まるで、交錯する不安を払拭するように、ものすごい勢いで手を動かしていく。
「気持ちをぶつけるんだ!今までの思いを全てぶつけろ!もう何も残っていないというくらい全てを出し切るんだ!」
そんな強い思いを持ちながら、必死で動かしている手の感触を確かめると、そこに強い違和感を感じた。
「あれ?何かがおかしい気がする……」
居ても立っても居られなくなり、違和感の正体を突き止めようとするが分からない。
問題を飛ばしちゃったのかなぁ……
どこか答えを間違えたのかなぁ……
いろいろと考えてみても分からない。
何だろう、この違和感は……
不安か……焦りか……それとも、緊張か……
いや、違う。もっと根本的なことだ。
感じている違和感を探っていくと、その原因が分かった。
「あれ、シャーペンの芯が入っていない……」
持ってきたはずの筆箱も見当たらず途方に暮れていると、自分の置かれた状況がうっすらと垣間見えてきた。
「あ、そうか、そうだよな。ここにいる人達は誰もが何かを犠牲にして挑んでいるんだ。それなのに俺は一体何を犠牲にしてきた?自分の人生をどこまで真剣に考えてきた?どんなに頑張ったって、何もしてこなかった俺に、こんな問題が解ける訳ないんだ……」
胸の鼓動が高鳴るほど思いをぶつけようとした。
何も残さず全てを出し切ろうとした。
それなのに、それなのに……
虚しさと心に穴が開いたような虚無感が襲う。
俺は一体何のためにこの場所へ来たんだ……
解けもしない試験をやるためにここへ来たのか?
周りでは、紙をめくる音や字を書く音が響いている。
さっきまで同じように手を動かしていたのに、今は一人で肩を震わせながら泣いていた……
こんなことをしていても何の意味も、価値もない。
価値?
価値だって?
こんな俺こそ存在価値がないんじゃないか?
そんなことを考えていると、後ろの席から声がした。
「ねぇ、君、どうしたの?なんで泣いているの?そんなに泣いていたら答案用紙が濡れて使えなくなっちゃうよ」
「どんなに頑張っても、俺には解けないんだ。シャーペンの芯すら入っていないんだよ。自分の名前だって書けやしない……」
「大丈夫だよ。僕の芯をあげるからさ……名前の記入欄は濡れてないだろ?ね、これで名前を書けるよ」
「え!いいの?ありがとう……」
「どうってことないよ」
振り返ると、そこには笑顔の息子がいた。
目を覚ますと涙で枕がびしょびしょだった……