身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ~底辺家庭の東大受験~ 

塾なし公立中高一貫校合格。2024年塾なし【東京大学】受験。低学歴・低所得家庭の挑戦

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笑顔の理由

 

幼い頃から陽の当たらない道を歩いてきた私は、いつも楽しそうに遊んでいる周りの子達を見て、屈託のない笑顔に偽りのない気持ちというものを感じていた。

 

そこには何の疑いもなく“遊ぶという行為”に対する純粋な気持ちが表れている。

 

小学校では、休み時間になるとクラスのみんなが校庭に出て、それぞれが思い思いの遊びをしていた。

 

ジャングルジムや鉄棒で遊んでいる子。

 

ターザンロープやタイヤ跳びで順番待ちをしている子。

 

女の子は地面に〇をいくつも書き「けんけんぱ」と言いながら、足を閉じたり開いたりして飛び跳ねている。

 

広い校庭で一際目立つ20人ほどの大所帯は、いつも決まって鬼ごっこをしていた。

 

その光景を遠目から見ていると、輪の中にいる全員が大声を出しながら走り回り、鬼役の子は逃げる子達を捕まえるのに必死で、周りの子達は捕まらないよう逃げるのに必死だ。

 

「ワーワー」「キャーキャー」悲鳴にも似た声で走り回る姿を見ていると、「何がそんなに楽しいのだろう……」と、不思議に思う僕の心に「楽しいと思う気持ちに理由なんてない」という答えが流れ込んでくる。

 

 

あぁ、そっか……そういえば僕もみんなのように笑えた時があったんだっけ……

 

 

誰の心にも不安や悩み、そしてその根底には“心配事”があると思っていたが、目の前ではしゃぐ子達にそんなものはない。

 

笑顔の奥にある幸せに満ちた心は、家族という名の安心感に包まれている。

 

その事実を知った僕は、この中に誰一人として同じ境遇の子はいないと悟った。

 

 

いつの間にか笑うことに理由が必要になってしまった僕は、心から楽しいと思う気持ちを無くしてしまっていた。