身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ~底辺家庭の東大受験~ 

塾なし公立中高一貫校合格。2024年塾なし【東京大学】受験。低学歴・低所得家庭の挑戦

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貧困親子が紡ぐ絆の物語~馳せる思い……

 
小学校の時に仲が良かった友達で、こんな子がいた。
 

「大きくなったら、僕はお医者さんになるんだ!」

 

真っすぐに前だけを見つめていた姿を今でもよく覚えている。

 

成績も優秀で、当時は今ほど多くない学習塾にも通っていた。

 

僕の家と彼の家は歩いて5分ほどだったので、学校から一緒に帰ってはよく遊んだ。

 

上品で品のある伝統的な和風の家に住み、道路を挟んだ向かいには小さな公園があった。

 

彼のお父さんはお医者さんで、会ったことはなかったけど、彼はいつもこう言っていた。

 

「僕のお父さんはたくさんの人を助けてるんだよ」

 

僕にはお父さんがいないからよく分からなかったけど、彼はお父さんのことが大好きなんだという気持ちは伝わった。

 

お母さんはとても厳しく、とても優しい人で、危険な遊びや間違ったことをすれば真っ先に叱り、正しい行いをすれば褒めてくれる。

 

薄汚れた服を着ている僕でも同等に扱ってくれた。

 

おじいちゃんとおばあちゃんは、毎日縁側でお茶を飲みながら向かいの公園で遊ぶ僕たちをニコニコしながら見つめている。

 

たくさんの人を助けているお父さん。

 

日常的にしつけを欠かさないお母さん。

 

いつも優しい眼差しで見守っているおじいちゃんおばあちゃん。

 

 

「僕はお医者さんになるんだ!」

 

 

彼が見ている未来は、この家族の志。

 

 

幼かった僕は、そんなことすら分からなかった……

 

 

小学校のある出来事をきっかけに廃れていった僕は、いつの間にか彼と遊ばなくなってしまった。

 

いや、そうじゃない。

 

遊ばなくなったんじゃない。

 

もともと均衡が保たれていたわけじゃなく、目に見えない力の釣り合いが更に取れなくなっただけ……

 

彼は当時から自分の人生のベクトルをしっかりと決めていた。

 

 

中学生になると、3年の秋に一度だけ彼と話をした。

 

何年ぶりだろう?

 

喧嘩をしたわけでもないのに、5年以上も話をしていなかった。

 

きっかけもなにもなかったけど、ふと思い立ったように彼に話しかけた。

 

「高校は○○を受けるのか?」

 

地元なら誰でも知ってるトップ校の名を言うと、彼はこう答えた。

 

「あぁ、そうだよ。そこから国立の医学部目指すよ」

 

国立?医学部?当時は何のことを言っているのかさっぱり分からなかったけど、彼は俺が聞いた「高校は○○を受けるのか?」に興味はなく、もっと先を見ていた。

 

「それはそうと、お前はどこを受けるんだ?」

 

「俺か?さぁ、どこだろうな?どこにしたって、入れるところに行くしかないからな……」

 

「行きたい学校って、ないのか?」

 

「行きたい学校?そんなのないな……やりたいこともないし、何をやればいいのかも全く分からないからさ」

 

「うーん……そっか。やりたいこと……見つかるといいな……」

 

 

明確に将来を意識している人間と、何も見出せない人間。

 

可能性を広げてきた人間と、狭めてきた人間。

 

5年間、いや、もっと前から開いていた差は、無邪気に遊んだ面影すら失くしている。

 

 

そんな彼と話をしたのは、これが最後だった……

 

 

 

 

あれから34年後……

 

 

私と妻と息子の3人は東京大学本郷キャンパスに向かっていた。

 

目的は1年前の予行演習を兼ねて、実際に自分の目で見て多くを確認するためだ。

 

東大前駅で下車し歩いていくと、かの有名な赤門が見えてくる。

 

都会の喧騒の中で、ひと際その存在感を示す赤門を見て、この場所の長きにわたる歴史を感じ、同時に何ともいえない思いが胸を締めつけてきた。

 

(私のような人間が、この場所に足を踏み入れていいのだろうか?)

 

「どんなに綺麗な服を着ても、中身は薄汚れた服なんじゃないのか?」

 

「何を言ってるんだ?そんなものすら捨ててきただろ?今のお前の姿は、隣にいる息子が成長してきたのと同じだ」

 

過去と現在の対立は相反する矛盾を引き起こし、心の葛藤を生み出している。

 

 

そうして、3人それぞれが一礼をして正門をくぐり抜けると、私は今まで感じたことのない不思議な感覚に陥った。

 

様々な歴史的建造物を見ながら、銀杏の葉もない銀杏並木を歩いていくと、写真やテレビで幾度となく見た安田講堂がそびえ立つ。

 

目前に広がる巨大な出で立ちに、左右対称の姿、中心の高い位置では時計の針が時を刻み、重厚で荘厳な佇まいの入口には警備員の姿が見え隠れしている。

 

いままで数えきれない人達がここで学び、自分が活躍できる専門分野を見極め社会に出ていったのだろう……と羨む気持ちと同時に、不思議と憧れに似た感情が込み上げてきた。

 

(このような場所で学ぶことができていたら、今頃は何をしていたのだろう……)

 

子育てに全てを懸け、子どもに多くを教えられてきた私は、昔のように何も考えず過ごしてきた時とは違い、明らかに意識が高くなっている。

 

(自分の人生を自分らしく生きたい。自分の可能性を最大限広げたい。目の前の扉はいつだって開かれ、誰だって受け入れてくれる。あの入口をくぐり抜ければいいだけだ。そして、くぐり抜けた先には、ずっと探し求めている本当の自分がいるのだろう)

 

それでも、いくら意識が高くても、手を伸ばせば探している答えがそこにあっても、見合う器のない俺には到底及ばない場所……

 

単なる建物の一つに過ぎない。と言う人もいるだろう。

 

数多くある大学の一つに過ぎない。と思う人もいるだろう。

 

しかし、目の前で威厳を放つこの建物は、ちっぽけな私の心を見透かしているようにこう問いかけてきた。

 

 

「あなたの志を証明してください」

 

 

扉はいつも開かれ、どんな人でも受け入れてくれる。

 

しかし、確固たる信念を最後まで持ち続けない者には、とても厳しい……

 

 

ここには東大の全てが詰まっている。

 

 

1年後にはここで試験を受け、合格すれば3年後にはこのキャンパスにいる。

 

それを最後まで信じ切った者だけが辿り着ける場所。

 

残り1年間の本格的な受験勉強を絶対的なものとするために、この場所で学びたいという思いを強く持つ意味を実際の体験で知ることができた。

 

東大とは自己の探求をする場所であり、自己の専門分野を極めていく学び場なのだろう。

 

 

「なぁ、聞いてくれよ。俺はまだやりたいことは見つからないけど、やらなければいけないことは見つかったんだ」

 

 

「お前はお父さんのように、たくさんの人を助けているんだろうな」