そんな家庭に生まれた子どもが2024年東大受験に塾なしで挑みました。
結果は不合格となりましたが、そんな息子を育ててきた父親の体験談です。
東大合格発表までの裏側
2024年3月10日
この日、東京大学の合格発表が行われた。
2月25・26日の2日間に渡り実施された試験から約2週間。
とても長いようで短く感じた2週間だった。
この間には、中高一貫校の卒業式も行われ、6年間に及ぶ学校生活も幕を下ろした。
合格後の意思疎通
試験日に入学後の手続きが配られていたので、家族みんなで熟読し、合格後は手際よく手続きが行えるよう意思の疎通を図った。
東大は3月下旬に各種手続きや健康診断、オリエンテーションが行われ、4月5日からは授業も始まるため、合格発表から実質2週間程度で新生活のための準備を整えなければならない。
そのために準備できるものはしておこうということで、入学式やその後にも使えるスーツも買いに行った。
息子が小さい頃はいつも一緒に行動していたが、受験勉強が本格化してから”まるっきり”だった。
そんな息子と一緒に紳士服売り場へ行き、いろいろな種類のスーツを試着する姿に
「あっという間に大きくなったな……」という感情と
「これから先は自分自身が人生の選択をしていくんだぞ」という気持ちが胸に込み上げていた。
予期せぬ出来事
新生活のための準備を着々と進めていくと、ここで予期せぬ出来事が私の身に起きた。
(詳しく書くことは控えさせていただきます。)
妻には話をしたが、息子の合格発表まであと少し。
息子に話をすることもせず合格発表を待っていると、私に降りかかる予期せぬ出来事で物事の流れは確実に悪くなっていく感じがしていた。
「息子は私とは違う……大丈夫……絶対に大丈夫……」
物事を悪く考えないよう何度も何度も自分に言い聞かせながら、合格発表当日を迎えた。
12時発表予定も、1時間ほど前から東大のホームページを開いて待機した。
私も妻も息子も、誰も言葉を発せず、沈黙の時間が流れていく。
期待と不安と緊張が入り混じり、早く見たいような見たくないような、そんな気持ちを感じていると、ふと6年前の公立中高一貫校合格発表を思い出した。
「あぁ、あの時もこんな感じだったっけ……期待と不安が入り混じり、何とも言えない時間を過ごしたな……あの時だって番号は載っていた。親子だけでやってきたことに間違いはなかったし、それが証明された瞬間だった。だから、今回だって大丈夫。きっと、大丈夫なんだ……」
そう思いながら合格発表までの時間を過ごし、そして発表となった。
アクセスが集中しているのか、なかなか目当ての画面が表示されなかったが、しばらくしてから”一般入試合格者番号”が表示され理科Ⅰ類にアクセスできた。
合格者番号のリストが表示されると、番号は360名3枚と39名1枚の合計4ページ1119名が表示されており、この中に息子の番号があるように祈りながら、少しずつ画面をスクロールしていった。
番号が近づくにつれ胸の鼓動は早くなり、まるで心臓のバクバクした音が部屋中に響いているような気すらした。
息子の番号の直前で画面を止めると、妻と息子と3人で大きな深呼吸をし、全員揃ってうなずくと意を決して画面をスクロールした。
が、そこに息子の番号はなかった……
失意に沈む時間の中で
悔しいとか、悲しいとか、そんな感情ではなく、ただただショックだった。
何かの間違いじゃないか?
番号の見間違いはないか?
本当に理科Ⅰ類のリストなのか?
本当に今年の合格発表なのか?
何度も繰り返し確認したが、やはり番号はなかった……
18年間息子と歩いてきて、大学受験の終了が子育て終了と位置付けてきた私にとって、18年、いや、50年生きてきた中で”最大のショック”だった。
私も息子も、今までの道のりで様々な経験をしてここまで来た。
いくつもの壁を乗り越え、必死にもがき続け、あがき続け、自分達を信じて”ひたむき”に歩いてきた。
息子は決して天才なんかじゃく、私達夫婦の血をひいた凡人だ。
両親は馬鹿で経済力もない。
だから私達夫婦は苦労する生き方しか知らない。
しかし、世の中は自分の力で社会貢献をし、それを自由として生きている人達が大勢いる。
私は息子が持つ能力を最大限引き出し、可能性を広げ、人生の選択肢を増やすため、全てを注いできた。
そんな息子は、指定校推薦も共通テスト利用も断り、私立の一般受験も国立の後期も受けず、東大一本で真っ向勝負した。
何も間違ってはいない。
息子も精一杯努力をしたし、私にしても自分が考えられる全てを尽くした。
このことに悔いなんてあるはずもない。
ただ、結果が伴わなかったことに、深いショックを受けた……
シーン……と静まり返った部屋に時を刻む音だけが響き、気がつくと1時間、そして2時間と時間だけが過ぎていった……
私、妻、そして息子と、それぞれがそれぞれの思いの中で過ぎ行く時間に身をゆだねるも、目の前にある事実を受け入れられず”放心状態”だった。
息子へ伝えなければならない思い
掛ける言葉が見つからない。
いや、そうではない……本当はもう見つかっているんだ。
このショックから逃げて、”ここで終わり”にするか、それとも”立ち向かう”かだ。
私が強く思うのは、ここで逃げてしまったら
”息子も私のようになってしまう”
それだけは避けなければならない。
という気持ちだった。
私は大学受験の経験もないし、本気で何かを頑張った経験もない。
高校受験の時も勉強をしなかったし、その後の人生においても、自分のために必死で頑張ったことなんて何もない。
しかし、息子はどうだ?
自分という存在を高めるために、青春という時間を惜しむことなく勉強に費やし、絶えず努力をしてきた。
こんなところで終わっていい人間ではない。
自分が思い描く未来を歩いていってほしい。
「息子だけは必ず救う。」
私はそう考え、失意に沈む息子にこう話した……
人生にとって必要なこと
今回の結果は本当に残念だ。
目の前が真っ暗になり、ここまで必死にやってきたことが否定されたような、自分の存在が認められなかったような、どん底に突き落とされたような、そんなどうしようもない感覚に陥っていると思う。
そして、応援してくれたみんなの期待に応えられなくて申し訳ないという気持ちや、これから先の不安、どうしたらいいか分からない気持ちもあると思う。
正直に言えば、父さんだって、母さんだって同じ気持ちだよ。
この結果をすぐに受け入れられるわけもない。
しかし、今までお前がやってきたことが無駄になったわけでも、ましてこれで人生が終わったわけでもない。
むしろその逆だ。
あの日、俺達家族は紛れもなく本郷キャンパスの正門へ行き、全国から集う志の高い集団の中にいた。
正門前並ぶ多くの受験生やその家族から感じたものは、学歴や収入の高低ではなく、純粋に東大を目指したという力強い意思だった。
でも、それは俺達だって同じで、ここに懸ける思いは他の親子と比べても遜色なかったし、この場所に辿り着き試験を受けたという事実が変わることはない。
ここまで必死にやってきたから、東大という誰もが知っている日本最難関大学に挑める力がつき、その行動を起こしてきたことで自分の可能性は更に広がっているんだ。
今までだって、俺達は決して順風満帆ではなかっただろ?
小学生の頃に受けた全国統一小学生テストで全国の優秀な子達との差を感じて、陸上では毎日課した厳しい練習の成果が出ない大会も数多くあった。
中高一貫校に入学した頃は周りもみんな優秀で、成績は至って普通だったけど、それでも自分が思い描く未来のために必死にやってきたことで、学年1位にもなれたし、周りからも一目置かれる存在になったんだ。
これは、お前が自分の力で努力してきたからで、その全てが自分の力になっているんだよ。
父さんは、そういった経験がないから、本当に努力ができる人間というものを知らなかったんだ。
でも、毎日お前を見ていてこう思ったよ。
「あぁ、本当に努力ができる人間って、こういう人のことを言うんだな……」
「こういう人が世の中で活躍していくんだな……」
って。
試験日までの努力が必ずしも直結しないのが受験なんだと思う。
東大の採点者にしたって、毎年1万人近い受験生の採点をしているのだから、誰よりもみんなの努力を分かっているはずだ。
ここに至るまでの経緯はそれぞれでも、みんなが志を高く持ち、自分の限界まで努力を続けてきた。
そのような受験生達をよく理解しているから、採点する人達だって本当に辛い立場なんだと思う。
しかし、それでも合格者を決めなければいけない。
それは、東大という大学で本当に学んでいけるのか?
その資質を見極めなければいけないからだ。
今回の結果で東大が出した結論は、”本当に本校で学びたいのなら、入学後に苦しい思いをしないように、もう1年頑張って下地をつけてきなさい”という教えだと思う。
正直言って、父さんは合格最低点ギリギリでも合格できればいいと思っていた。
しかし、この結果を見て素直にこう思う。
より良い人生を送るために
”中途半端に合格しなくて”良かった。
負け惜しみでも何でもない。
単純にまだまだ東大で学んでいけるほどの力が足りていないんだ。
華々しい大学生活を想像して入学するも、レベルの高い勉強と課される勉強量についていけなくなり、挙句の果てには勉強そのものが嫌いになってしまうかもしれない。
それでもせっかく入れたのだから、辞めることはできないと考えてしまう。
両親やみんなに面目も立たないし、辞めてしまったら、それこそ今までの努力が水の泡になる。
今までだって頑張ってきたのだから、今回だって頑張って乗り切るしかない。
お前は必ずそう思い、辛く苦しい大学生活を送ることになるだろう。
そうなってしまったら、その未来は不幸なだけだ。
父さんは、そんな思いをさせるためにお前を育ててきたんじゃない。
お前には自分自身の生き方を見つけて幸せになってほしい。
そう強く思い、ここまで育ててきたんだ。
大学に限らず、受験の合格は次のステージの始まりだ。
公立中高一貫校もついていけない子は一定数いただろ?
それと同じなんだ。
どこに行ったって通過点でしかなく、その過程で何を学び、どうやって自分の道を見つけるのか?が大事なわけだ。
明るい未来というものは、その先に待っている。
だから、父さんはこう思う。
そもそも浪人覚悟で挑んだ。
そして数多くの学びを得た。
その経験をしたのは事実だ。
この経験は大きなアドバンテージになり、これを次に活かさなければならない。
だから、この1年間で東大に認められ、有意義な大学生活が送れるように考えていこう。
今回の結果はとても辛く、すぐに気持ちを切り替えることは難しいかもしれない。
でも、新高3生も浪人生も来年の受験に向けて必死に頑張っている人は大勢いるから、
できるだけ早く気持ちを切り替えるためにも、友達と遊んだり話をして、気分転換を図
ろう。
今回大きな挫折を味わったかもしれないけど、これはお前の人生において、なくてはならない出来事だったし、この辛さを乗り越えることで、本当の幸せに出会える日が必ず訪れる。
自分が経験したことで、不合格になってしまった人達の気持ちも、受験以外の挫折を味わった人達の気持ちも、本当の意味で人の痛みを理解できるようになるだろう。
父さんはお前を育てていく中で、勉強だけができればいいと思ったことは一度もない。
この経験を通して、より人間らしく、より人の気持ちに寄り添えるような、そんな人になっていってほしいと思う。
今はショックでそれどころじゃないと思うけど、長い人生の中で必ずこの経験をして良かったと思える日が必ず来る。
その時に「あの時はホント辛かったけど、あの経験をしたから今があるんだ」と言えるように、この1年間頑張っていこう。
父さんも母さんも変わることなくサポートするし、何よりこの1年で人間としても大きな成長をするよう心より願っているからさ。
感謝
最後に、東大なんて言葉すら無縁だった父さんと母さんに、最高の経験をさせてくれたお前には本当に感謝しかない。
本郷キャンパスの正門前で、試験に臨むお前を見送ることができて、こんなにも誇らしい気持ちになったことはなかった。
この瞬間、生きてきて本当に良かったと心から思うことができたよ。
そんな思いをさせてくれて、本当にありがとう……