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2024年【東大受験】不合格。2025年東大に宅浪で合格。底辺家庭の東大受験出版中!

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【塾なし東大生が塾講師に!】難関私立中学を目指す小学生に算数を教えるようになった話

両親は低学歴・低所得。
息子は2024年の東大受験に塾なしで挑み、不合格。
宅浪で2025年の東大受験に「合格」しました。
そんな親子の体験談です。

※この記事にはプロモーションが含まれております。

 

我が家の息子が、大学生活の中で新しいことを始めました。

塾講師のアルバイトです。

東京大学に入学してから、勉強する立場だった息子が、今度は勉強を教える立場になりました。

担当する生徒の年齢層は幅広く、中学受験を目指す小学生から、大学受験を控えた高校生、さらには浪人生までが対象となっています。

そして現在、息子が主に教えているのは、難関私立中学への合格を目指す小学生の算数です。

その中でも中心となっているのが、いわゆる「特殊算」。

中学受験を経験したことがある保護者なら、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

つるかめ算、旅人算、植木算、仕事算、ニュートン算……他

私立中学受験の算数では、こうした特殊算が重要な役割を果たします。

ところが、我が家の息子には、少し変わった経歴があります。

息子は、小学生の頃に私立中学受験のための特殊算を勉強していませんでした。

塾に通った経験もありません。

小学6年生の時に受検したのは、公立中高一貫校です。

そして現在、初めて本格的に触れる特殊算を、難関私立中学を目指す小学生に教えているのです。

この話を聞いた時、私は少し興味深いものを感じました。

なぜなら、そこには、我が家が長年大切にしてきた「勉強の本質」が表れているように思えたからです。

 

1.私立中学受験と公立中高一貫校の受検は大きく違う

まず、私立の中学受験と公立の中高一貫校の受検では、求められる力に違いがあります。

もちろん、学校によって出題内容は異なりますが、難関私立中学の算数では、特殊算を含む高度な問題が数多く出題されます。

例えば、つるかめ算。

鶴と亀の頭の数と足の数から、それぞれ何匹いるのかを求める問題です。

あるいは旅人算。

二人が異なる速さで移動した時、何分後に出会うのか、あるいは追いつくのかを考えます。

こうした問題は、小学校で習う四則計算を土台としながらも、独特の考え方や解法を必要とする場合があります。

難関私立中学を目指す子供たちは、小学校の授業とは別に、こうした問題への対応力を磨いていきます。

一方、公立中高一貫校の適性検査では、資料の読み取りや条件整理、思考力、判断力、表現力などを問う問題が中心となります。

もちろん算数的な考え方は必要ですが、特殊算の解法を数多く覚えることが、そのまま受検対策になるわけではありません。

我が家の息子が目指したのは、公立中高一貫校でした。

小学6年生の時、塾へは通わず、受検直前期に過去問や面接の準備をして本番に臨み合格しました。

ですから、難関私立中学を受験する子供たちのように、小学生の頃から特殊算を体系的に学んできたわけではありません。

それなのに、今では特殊算を教える立場になっている。

私は、この変化がとても興味深いと思いました。

 

2.特殊算は、単なる暗記科目ではない

特殊算という言葉を聞くと、私は以前、特別な解き方をたくさん覚えるものという印象を持っていました。

もちろん、中学受験では典型的な解法を知っていることが大きな武器になります。

しかし、特殊算の本質は、単に解き方を暗記することではないと感じます。

例えば、つるかめ算を考えてみます。

鶴と亀が合わせて10匹。

足の数は全部で28本。

鶴と亀はそれぞれ何匹いるでしょうか。

中学受験では、すべて鶴だったと仮定して考える方法などが使われます。

全部が鶴なら、足は20本。

実際には28本なので、8本足りません。

鶴を1匹、亀に置き換えると、足は2本増えます。

したがって、亀は4匹、鶴は6匹です。

この問題は、中学校で習う連立方程式を使って解くこともできますが、小学生に教える場合は方程式を使わずに、数の関係を理解してもらう必要があります。

ここが面白いところでしょうか。

答えを出すだけなら、大学生にとって難しい問題ではないでしょう。

しかし、小学生が理解できる方法で説明するとなると、話は別です。

自分が解けることと、人に教えられることは同じではありません。

むしろ、教えるためには、その問題の仕組みを深く理解している必要があります。

 

3.東大生だから特殊算を教えられるのか

息子が特殊算を教えていると聞けば、「東大生なのだから簡単に教えられるでしょう」と思う方もいるかもしれません。

確かに、東京大学の入試を突破した息子には、高い数学力があると思いますが、私はそれだけでは説明できない部分があると感じています。

特殊算には、小学生ならではの解き方があります。

中学校や高校で習う方程式を使えば解ける問題でも、中学受験では小学生が理解できる考え方で解くことが求められます。

つまり、数学が得意だからといって、そのまま中学受験算数を上手に教えられるとは限りません。

特殊算を初めて学ぶ息子も、指導するためには、その解法を理解しなければなりません。

さらに、その考え方を分かりやすく正確に伝える必要があります。

ここで重要になるのが、初めて見る問題を理解し、自分の知識と結びつける力ではないでしょうか。

私は、息子がこれまで積み重ねてきた学習経験が、こうした場面でも生きているのではないかと思っています。

 

4.我が家が小学生の頃から大切にしてきたこと

私は、息子が小さい頃から、勉強について一つの考え方を大切にしてきました。

それは、「答えを覚えるのではなく、なぜそうなるのかを考える」ということです。

もちろん、知識を覚えることも必要です。

漢字を覚える。

九九を覚える。

公式を覚える。

そうした基礎がなければ、考えるための材料が不足してしまいます。

しかし、知識を覚えただけでは、初めて見る問題に対応できないことがあります。

そこで必要になるのが、習った知識を組み合わせて考える力です。

我が家では、学校の勉強だけでなく、日常生活の中でも息子に考えてもらうことを大切にしてきました。

例えば、登下校の時間。

身近な出来事について話しながら、「どうしてそうなるんだろう」「ほかに考え方はないかな」と問いかける。

そして、自分の考えを言葉にしてもらう。

そうした時間を積み重ねてきました。

私は、勉強とは教科書に書かれていることを覚えるだけではないと思っています。

日常生活の中で疑問を持ち、自分なりに考え、説明する。

こうした経験も学びの一部です。

息子が特殊算を初めて学びながら指導できていることと、幼少期の家庭教育との間に、直接的な因果関係があるとまでは言えません。

しかし、初めて出会う内容を理解しようとする姿勢は、これまでの学習経験ともつながっているように感じます。

 

5.難しい問題を解けることより、分かりやすく教えることの方が難しい

私は、今回のアルバイトで息子にぜひ経験してほしいことがあります。

それは、「自分が分かっていることを、相手も分かるとは限らない」ということです。

例えば、ある特殊算の問題を息子が理解したとします。

本人にとっては、「こう考えれば解ける」と分かっていても、教わる小学生にとっては、そう簡単ではないかもしれません。

なぜ、そのように仮定するのか。

なぜ、そこで引き算をするのか。

なぜ、その図を描くのか。

一つ一つの意味が分からなければ、子供は解き方だけを覚えることになります。

そして、数字や条件が少し変わると解けなくなるかもしれません。

だからこそ、教える側には工夫が必要です。

相手がどこまで理解しているのかを確認する。

難しい言葉を使わずに説明する。

必要なら図を描く。

一つの説明で伝わらなければ、別の方法を考える。

これは、単に算数の知識があるだけではできないことです。

相手の立場になって考える力が必要になります。

私は、この経験が息子自身にとっても、大きな学びになると思っています。

 

6.塾に通わなかった息子が、今度は塾で教える側になった

そして、今回の話で私が最も感慨深く感じているのは、ここです。

息子は、塾に通った経験がありません。

小学生の頃も、中学生になってからも、高校生になってからも、基本的には学校と家庭での学習を中心にしてきました。

大学受験で一度不合格になった後も、予備校へは通わず、自宅で再挑戦する道を選びました。

その息子が、今度は塾講師として、受験を目指す子供たちを支える立場になったのです。

何とも不思議な気持ちです。

ただ、ここで誤解してほしくないことがあります。

私は、塾に通うことを否定しているわけではありません。

我が家には、塾に通わないという選択が合っていたのだと思っています。

子供によっては、塾の授業が学習意欲につながる場合もありますし、家庭だけでは対応が難しい学習内容もあります。

特に難関私立中学の受験では、学校の授業とは異なる高度な問題への対策が必要になります。

専門的な指導を受けることには、十分な意味があると思います。

大切なのは、塾に通うか通わないかではなく、その子に必要な学習環境を整えることです。

かつて塾に通わなかった息子が、今度は塾に通う子供たちの学習を支える。

私は、この経験を通して、息子自身もさまざまな学び方を知ることになるのではないかと思っています。

 

7.中学受験をする小学生から、息子が学ぶこともある

塾講師というと、大学生が小学生に勉強を教えるという、一方通行の関係を想像するかもしれません。

しかし、私は必ずしもそうではないと思っています。

教える側も、教わる側から学ぶことがあります。

例えば、小学生が予想もしなかった質問をするかもしれません。

息子が当たり前だと思っていたことを、「どうして?」と聞かれるかもしれません。

その時、息子自身が改めて考える必要があります。

また、同じ説明でも、すぐに理解できる子もいれば、時間がかかる子もいるでしょう。

一人一人、理解の仕方が違います。

そうした違いに向き合う経験は、大学の講義を受けるだけでは得られないものだと思います。

私は、勉強ができることと、人に教えることは別の能力だと考えています。

そして、教える経験を通して、その両方を磨くことができるのではないでしょうか。

教えることは、もう一度、自分自身が学ぶことでもある。

今回のアルバイトには、そんな価値があると思っています。

 

8.特殊算を学んでいなかったことは、不利なのか

今回の話から、もう一つ考えさせられることがあります。

それは、小学生の頃に何を学んでおくべきなのか、という問題です。

難関私立中学を目指す子供たちは、小学生の段階で特殊算を学びます。

その経験は、中学受験において大きな力になるでしょう。

一方、我が家の息子は、小学生の頃に特殊算を学んではいませんでした。

しかし、その後、中学、高校で数学を学び、東京大学の入試を突破しました。

そして今、必要になった特殊算を新たに学び、指導しています。

私は、このことから一つ感じることがあります。

小学生の時に学ばなかったことが、その後ずっと学べないことを意味するわけではない。

もちろん、難関私立中学を受験するなら、特殊算を早い段階から学ぶ必要があるでしょう。

受験には期限があるのですから当然ですよね。

しかし、人生全体で考えれば、学ぶ機会は小学生の時だけではありません。

必要になった時に、新しいことを理解できる力。

知らないことに出会った時、自分で学び直せる力。

私は、こうした力も非常に大切だと思っています。

 

9.これからの社会で必要なのは「学び続ける力」

息子がこれから社会へ出ていけば、大学で学んだことだけでは対応できない問題にも数多く出会うでしょう。

新しい技術。

新しい知識。

これまで経験したことのない仕事。

そのたびに、「学校で習っていないから分からない」と言っていては、前に進めません。

必要なことを自分で学ぶ。

分からなければ調べる。

理解できるまで考える。

そして、学んだことを使ってみる。

私は、これこそが学力の重要な側面だと思っています。

今回の特殊算も、その一つの例ではないでしょうか。

小学生の頃には学ばなかった内容でも、今必要になったから学ぶ。

そして、学んだことを他人に伝える。

私は、この姿勢をこれからも大切にしてほしいと思っています。

 

10.父親として、もう一つうれしかったこと

今回、息子が塾講師のアルバイトを始めたと聞いて、私にはもう一つうれしいことがありました。

それは、息子が自分の学んできたことを、誰かのために使うようになったことです。

これまで息子は、さまざまな目標に向かって努力をしてきました。

小学生の頃は、公立中高一貫校への受検。

高校生になってからは、東京大学への挑戦。

そして、宅浪。

その間、勉強する目的の中心にあったのは、自分自身の目標を実現することだったと思います。

しかし、今回は少し違います。

目の前には、難関私立中学を目指して努力している小学生がいます。

その子が分からない問題を理解できるようになる。

できなかったことが、できるようになる。

その手助けをする。

私は、そこに新しい成長を感じています。

もちろん、アルバイトですから、仕事としての責任もあります。

教える内容を理解し、相手に伝わるように工夫しなければなりません。

だからこそ、貴重な経験になるのだと思います。

自分のために学んできた知識を、今度は誰かのために使う。

親として、これほどうれしい成長はありません。

 

最後に――塾なしで育った息子が、塾講師になって考えたこと

息子が小学生だった頃、我が家では、居間のこたつテーブルで勉強していました。

塾には通っていませんでした。

それでも、学校の授業を大切にし、家庭で考える機会を積み重ねながら、息子の成長を見守ってきました。

そして今、その息子が東京大学へ進学し、塾講師として難関私立中学を目指す小学生に特殊算を教えています。

小学生の頃には習っていなかった特殊算。

その問題を今度は教える立場になりました。

そこには、「何を習ってきたか」だけでなく、「新しいことをどう学ぶか」という、もう一つの大切な学力が表れているように思えます。

ただし、これから息子が塾講師として経験を積む中では、難しい場面もあるでしょう。

自分では理解できても、うまく説明できないことがあるかもしれません。

一生懸命教えても、なかなか伝わらないこともあるかもしれません。

それでもいいと思います。

相手が理解できなければ、説明を変える。

伝わらなければ、別の方法を考える。

そして、自分自身も学び直す。

その繰り返しが、息子をさらに成長させてくれるのではないでしょうか。

私は、東京大学に合格したことだけが、息子の成長の終着点だとは思っていません。

大学へ進学してからも、学ぶことは続きます。

むしろ、これからが本当の意味で、自分の学んだことを社会の中で生かしていく時間なのかもしれません。

かつて、居間のこたつテーブルで問題集に向かっていた小さな息子。

その息子が今、別の場所で、難関中学を目指す小学生に算数を教えている。

そう考えると、親として感慨深いものがあります。

そして、私は改めて思います。

勉強とは、試験に合格するためだけにあるのではない。

学んだことを自分の人生に生かし、いつか誰かの役に立てること。

そこにも、学ぶことの大きな意味があるのだと思います。

今回の塾講師のアルバイトが、息子にとって新しい学びと成長の機会になることを、父親として楽しみにしています。

 

 

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